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LULUDHIA FEVRUARIU


空気はまだ冷たいものの、日差しは日に日に力強くなってゆく。
そんな2月の夕刻。

「あー腹減った〜!」

トレーニングを終えたアイオリアが食堂に姿を現した。

「ん、今日何かあったか?」

暖色系の花で埋まった花瓶を、エアがテーブルに置こうとしている。いつもは殺風景な獅子宮の食卓も、それだけで華やぐようだ。

「ええ、ちょっと…」

常に笑顔で自分を迎えてくれる彼女なのに、何故か複雑な表情で目を逸らし言葉を濁している。


解せないアイオリアは、彼女と入れ替わりに食器を運んで来たガランに探りを入れた。

「今日のエア、元気ねぇな。失敗でもしたのか?」

主の質問に、ガランまで『やれやれ困ったなぁ』という顔をして一言。

「今日は聖バレンチノスの日でした…」


イキナリそんな答えをされて“きょとん”としているアイオリア。
ギリシアは毎日が、誰かしら聖人の記念日になっている。
『でもそれは外界の風習だろ?』
聖域で育った獅子宮の主は、ガランの回答とエアの態度との因果関係が理解出来ず、眉間に皺を寄せて考え続けた。

ふと、昔の光景が脳裏に浮かんで来る。
『前にも同じことを尋ねた気がする…』
確か、あれも冬だった。やはりテーブルに花があって…
まだ表情の固かったエアが、ほころぶ様な笑顔を見せて…


「あ”ー!!」


正解に辿り着いたアイオリアは、それはそれは大きな後悔の声を上げた。
『何事か?』と調理場に戻っていたガランと共にエアが顔を出す。

「な、何でもねぇよ!」

一所懸命その場を取り繕う。
『やべえ、やべぇぞ…』
強敵を前にしても弱みを見せない黄金の獅子が冷や汗を垂らす。
そう言えばさっき自室に戻ったら、花を咲かせた鉢植えが3つに増えていた。新顔の鉢には彼女のメッセージが付いていたっけ。

『アイオリア様へ 感謝を込めて エア』


「そん時、気付けよオレぇ!!(怒)」



元々は、エアを和ませようとガランが取り入れた慣習だった。花が好きだった聖人バレンチノスにちなんで、大切な人…主に男性から女性へ花を贈る。それがギリシア正教に於ける今日2月14日の習わしだという。
花瓶の花はガランが彼女に贈ったものだろう。『皆で楽しみたい』と、去年もその前もテーブルに飾ってくれていたエア。そしてガランのみならず、何も贈っていないアイオリアへも、鉢植えの花をプレゼントしてくれたのだった。

昨年までは全く興味が無かったアイオリアだが、今年は違う。
『よりによってオレだけ何もしてねぇなんて…』
既に陽は落ち、聖域の下町の商店は閉まっている時間帯だ。だが、宵っ張りの多いアテネ市内に出れば、まだ開いている店もあるだろう。今から出かける決意を固めると

「よっしゃー!」

獅子は気合いを入れ飛び出したのだった。





勢いよく出てきたのはいいが、花など買ったことがないアイオリアには、店の場所すらてんで見当がつかない。あちこち探し回って、やっと広場の一角に出店している花屋を見つけた。

「おばちゃーん、花おくれ!」

既に片付けを始めていた恰幅のいい女性に声をかける。

「口のきき方も知らないガキには売れないね!」

ビシッ!と拒絶され、獅子は慌てて言い直した。

「(元)お姉さん、花を買いたいんだけど…」
「どれが欲しいんだい?」
「これで買えるだけ全部」

かき集めてきたこづかいを全て見せる。店員の目が座った。

「アンタ…人をからかってんのかい?」

彼女が見せた値札と、手にしたドラクマを見比べる。

「え”?…花って高けぇ!!

1、2本買えるか買えないかの金額しか持ち合わせが無いことに、アイオリアはショックを受けた。
『嗚呼、もう、馬鹿だオレは…』
頭を抱えてしゃがみ込む。

「大切な奴に花ひとつ贈れねぇなんて…」


呆れて見ていた店員が、その言葉に反応して尋ねてきた。

「アンタ、本気でそのお金で花を買う気だったのかい?」
「ああ。こんなに高いなんて初めて知った」

(元)お姉さんの表情が柔らかくなった。

「調子に乗って何人もの女の子に贈り物してて、
予算が足りなくなったのかと思ったよ。
アンタかわいい顔してるし」

天下の黄金聖闘士が“かわいい”と言われ、恨めしそうに店員を睨む。

「そんなことするかよ。オレが花を贈りてぇ相手は一人だけだ!」

それを聞くと、店員は『仕方ないねぇ』という表情で息を吐いた。

「よし。アンタの心意気に免じて出世払いにしといてやるよ。
殆ど残ってないから、大したモンは作れないけどさ」


一部が痛み始めたために避けておいた数輪を、何種類もかき集めてきた。茎を短めに切ってひとつにまとめる。やがて色や形の統一性からすれば、てんでバラバラな小さな花束が出来上がった。

「ありがとな、おば…(元)お姉さん。また来年も来るから!」
「1年に1回だけかい?そんなんじゃ、彼女に愛想尽かされるよっ」

そう突っ込まれて苦笑いを返す。ささやかな有り金全てを渡したアイオリアは、満足そうに軽い足取りで聖域へと戻るのだった。





「あっ!アイオリア様居た〜」

ひょっこりと食堂に顔を出したアイオリアに、エアが心底安心したような声を上げた。いつもなら、夕食の準備が整う前から食卓に居座っている主の姿が見えないものだから、従者たちは必死で探していたのだった。
ガランが注意するように言う。

「アイオリア様、随分と探しましたよ」
「悪りぃ。急ぎの用事を思い出してサ。

あ、エア、ちょっと」


この場所で手渡すのは流石に気恥ずかしくて、手招きして食堂の外まで連れ出した。しかし、いざ彼女を目の前にすると緊張してしまい、気の利いた台詞ひとつ浮かんでこない。暫く唸っていたアイオリアは、「ええい、ままよ!」とばかりに花束をエアの目の前に突き出した。

「やる!」
「もしかして…これを買いに行ってらしたんですか?」

両手で大事そうに花束を受け取るエアの問いに、横を向いたままの獅子は無言で頷いた。


記念日だとか、いちいち気にする人ではないと分かっていた。ましてや、今日は聖域の暦とは全く関係がないのだから。
物で彼の気持ちを確認しようとも思わない。けれど…ガランからプレゼントされた花束を飾っている時の心境は、かなり複雑だったのだ。
聖域内の小さな花屋は閉まっている時間なので、外界まで行ったのだろう。こんな時間になってから買って来てくれた、ごった煮のような花束…。

エアは微笑みながらも、目の前が涙で曇っていくのを感じた。

「ありがとう…ござい…ます…

……嬉し…い…」

「ば、馬鹿、泣く奴があるかよ!」


予想外の反応に慌てるアイオリアの声に、エアは急いで涙を拭った。軽く深呼吸をすると、何かを思いついたような顔つきになる。

「アイオリア様、お部屋ちょっと失礼します。」

そう言って主宮へ向かって走って行った。


戻って来た彼女の手には、アイオリアの部屋にあった花が一輪握られていた。そのまま食堂まで行く。

「ガランさん、お花ひとつだけ下さいね。」

ガランへのお返し用鉢植えから、また一輪。『何事か?』と不思議そうに眺める男性陣を前に、食卓にあった花瓶にそれらを追加するのだった。

「それと…」

アイオリアがくれた花束からも。


「何してんだ?お前…」
「この花束を見ていて思ったんです。『獅子宮みたいだ』って。」
「どういう意味だい?」


エアは二人に目を向けてから花瓶に視線を注いだ。

「姿や形…髪や瞳の色、出身地や境遇が違っても、こうして一緒に暮らしてる。

不思議な縁だなぁって。だからこそ大事にしたいなぁって」


「…例えがカワイ過ぎねぇか?」
「花に例えられたのは初めてです…」


口ではそう言いながらも、獅子宮の住人たちは穏やかな眼差しで花々を見つめていた。
この花瓶に新たな一輪が加わる日も、もうすぐである。



作成日:070212



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