Novel


>LIONTARI ILION

>>天使の記憶 3




二人の姿が見えなくなった。

「さ、戻るぞ。」
「はい。」

来た道を戻り始める。元いた公園の近くまで来ると、後ろを歩いていたエアがまた叫んだ。

「あっ!分かったです。」
「今度は何だよ…?」

振り返ったオレの目の前に、何かを発見したような表情のエアがいた。彼女は近寄って来て、オレの頭の上で何度も水平に手を動かした。背比べにしてはヘンだな。

「何やってんだお前?」
「分かりました。目の高さ、アイオリア様とお父さん同じです。だからニコ泣くの止めました。」
「あ"?」
「お父さんの抱っこ。アイオリア様の肩の上。ニコの高さ同じです。」
「あ、目線のこと言って…。
………!!………」
突然記憶が蘇り、オレは言葉を失った。


「思い…出した……」

そうだ、あの夢の中の景色。皆、兄さんの背中から見えていたんだ…。何で、何で今まで思い出せなかったんだよ…!
あの頃の幸せな気持ちが全身に満ちてくる。涙が止めどなく頬を伝っていった。


「アイオリア様!どこか痛いですか?どうしたんですか?」エアが心配そうに呼びかけてくる。
「馬鹿、見るなよ…!」オレは泣き顔を見られたくなくて、顔を反らす。

戸惑いがちに左腕を両手で掴まれた。
「お父さん、思い出させたですか? ………ごめんなさい。」
「違う…!」
駄目だ、これ以上言葉を口にすると、泣き声を抑えられなくなる。


オレはエアに手を引かれるまま歩いて行き、ベンチに座らされた。まだ涙は止まらない。うつむくオレの頭の上でエアが何か言いかけていたが、うまく言葉にならないようだった。

“ふわっ"と暖かい空気がオレを包む。気が付けば頭を優しく抱かれ、幼子をあやすように背中をさすられていた。

「な、何を…///」
「アイオリア様、とても辛そう…」
何でお前まで泣きそうな声出すんだよ。

オレはその時初めて、目ではなく心でエアの姿を見た。ああ、だからこいつ、オレのこと子供みたいに思って…。こんな時じゃなかったら、絶対文句言ってやるのに。「そのへんの奴らと一緒にするな!」って。

また一筋、さっきとは違う涙が流れていった。




「もう…大丈夫だから。」そう言ってエアを引きはがす。
まだ心配そうな顔つきのまま、少し離れた位置に彼女は座った。

「………」
「………」
「“何で"か聞かないんだな。」
「言いたくないこと、みんな持ってますから。」

これから聖域で暮らしていけば、嫌でも耳にはいるだろう。兄さんのこと、そろそろ伝えとくべきか。

「親父のことじゃない。オレには親父の記憶は無いんだ。でも兄貴が父親の代わりだったから、“寂しい"なんて思ったことなかった。」
「お兄さん…?」

これまで耳にしたことも、会ったこともない兄の話。オレの話が過去形であることから察したらしい。顔色が曇る。


「何度も繰り返し見る夢がオレにはあって。でも何処で目にしたのか思い出せないでいた。それがさっき、エアの言葉で分かったんだ。あれは…兄貴に背負われて見てた風景だってこと。」

ずっと幼い頃、オレと話す時の兄さんは、必ず膝を折って同じ目線でいてくれた。聖闘士の修行に入ってからは、そうしてはもらえなくなったけど、鍛錬の時以外ならオレが望めば抱き上げ、負ぶってくれた。
「甘えん坊だなぁアイオリアは。」って笑われたけど、恥ずかしさより兄さんの近くに居られる喜びの方が、ずっと大きかったんだ。


「お兄さん、アイオリア様のこと大好きだったですね。」
「え?」
オレ…“兄さんがどう思ってるか"なんて考えてもみなかった。

「沢山抱っこされた子、沢山おんぶされた子、大きくなっても幸せな気持ち覚えてる。自分が愛されてたこと覚えてる。そう聞きました。アイオリア様覚えてる。それ愛されてたこと。」
「………!」
そうだ、兄さんはあんなにも慈しんでくれてたのに…。
何も言わず姿を消してしまったことが哀しくて、以前の記憶を封じようとしていたのかもしれない。


「愛してくれてた…」


また涙が落ちそうになって、オレは空を見上げた。透き通るような青空なのに、強風に飛ばされてきた雪の欠片が舞っている。それは、風の神の名を持つ兄さんからのメッセージにも思えた。

「あ、雪…?羽根みたいです。」

「ああ…そうだな。」



兄さんが纏う射手座聖衣の翼は、地上を救う希望の象徴にも見えて、ずっと憧れてた。
でもオレには…人々を護るための牙と、大地を踏みしめて立つ足があるから。
大好きな兄さんに、愛されていたのだという自信があるのだから。
この先、どんな辛く苦しいことがあっても挫けたりしない。負けたりはしない。

そして、もう決して忘れない。
かつてオレにも、兄さんが与えてくれた空を飛ぶ翼があったってことを。


それは…天使であった頃の記憶。



作成日:051211
初めて公開時期に合った物語が書けました。兄さんへの誕生祝いのつもりです♪
お絵描き担当・夢違によるイメージイラストは ココ



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