Novel


>LIONTARI ILION

>>我、君を待つ





太陽は天を巡り、獅子宮へと入った。
地上の生物に対する豊饒の女神デメテルの慈愛も、この時期は届かぬと見え、大地は一面枯れ草色に覆われる。

この年“ティターン神族の地上進攻”という事態が発生したものの、陽光はこれ迄と変わらず一層の輝きを増していた。



我、君を待つ


「はぁ!? 中国の次はインドですか!!」

“アイオリアからの連絡が入った”という報を受けたエアは、電話線が引かれている聖域の村まで降りて来ていた。聖闘士同士のように“小宇宙を使って会話”なんて出来ない身には、中々大変なのである。

中国もギリシアも電話事情は非常に悪く、プツプツという音に怯えながらの会話。主の意思をきちんと聞き取るのも一苦労だ。

「電話じゃ詳しくは言えねぇが、隣の宮のヤツと同じ所へ行く。ガランからも連絡が入るだろうから、行き先だけは伝えといてくれ」
「分かりました。お気をつけて」
「あ、そうだそうだ。青銅の坊やが一人そっちに向かってる。今日の昼には着くはずだから、空港まで出迎えに行ってやってくれ。聖衣箱担いでるし、お前のことは説明しといたから、会えばすぐに分かるよ。じゃ、頼んだぜ」
「え!?昼ってもう時間ないですよー!で、その方の…」


 ぶちっ。


ツーツーツーという無機質な音のみが受話器から流れ出て来る。

「切れてる… もう〜っ!」

電話回線のせいなのか、用件は済んだものとアイオリアが切ったのか、判断がつかない。

「名前も分からない方をどうやって探すのよぉ〜」

エアは大雑把な主人に対してひとしきり毒づいた。そして、ふと口を閉ざす。

『いつ帰れるのか聞けなかったな………
 もうすぐアイオリア様のお誕生日なのに』

しんみりしたいのは山々だが、すぐにでも出かけなければ聖闘士様をお待たせすることになる。一旦獅子宮まで戻って外界用の服に着替えてから、十二宮の階段を再び降りて行った。


先日のジャミール行で主が宮費をくすねたため、金庫には鍵がかけられている。ガランから生活費は渡されていたものの、皆の帰還が遅れているので手持ちの資金が心もとない。

「この金額じゃタクシーは使えないからバスで行かなきゃ」

空港を利用したのは、ここに来た旅行の時が初めてだ。しかも時代は違うし、それ以来行っていない。ガイドブックの記載を思い出しながら歩を進める。


「もしかしたらガランさんたちの方が、先に聖域に戻って来ちゃうかも…」

ガランから連絡が入った場合の伝言を頼んでおく。アイオリアから託された仕事内容だ。直接伝えなければ気が済まない。


先のティターン神による聖域進攻を、十二宮を出て食い止めたアイオリアに対して、聖域で暮らす民たちからの信頼度はかなり上がっている。警備の兵士たちもまた同様だ。
よそよそしい空気が鳴りを潜め、こういった頼み事もしやすくなったのは確かだが、それと引き換えに彼が負った大怪我。エアにとっては複雑な心境なのである。






“中国から”ということで、東ターミナルを訪れた。相手の名前が分からないので放送で呼び出す訳にもいかず、到着ロビーを端から探して回る。その時、港内放送で自分の名が呼ばれた。

「えーっ!西ターミナルなのぉ?」

通称“西ターミナル”は、ギリシアのナショナルキャリアであるオリンピック航空機のみが発着する空港だ。中国からの直行便が無かったので、どこかの都市で乗り換えたらしい。じりじりしながら空港巡回バスに乗り、ターミナルの到着ロビーに息せき切って飛び込んだ。周囲をざっと見渡す。

『大きな荷物持った少年…』


「失礼ですが、エアさん…でしょうか?」

突然、緊張した声で話しかけられ振り向く。黒い髪に黒い瞳。自分とほぼ同じ目線の少年が聖衣箱の入った(らしい)リュックを背負って立っていた。

「…へ!? えーっと…イ尓好。初次見面。我的名字…」

思わずマヌケな声が出た。“中国から”とは言え、まさか地元出身者とは思っていなかったからだ。
知ってるだけの中国語で返事をしようとするエアの言葉は、笑い声に遮られる。

「ギリシア語で大丈夫ですよ」
「あ…」

言われてみれば、最初からギリシア語で話しかけられていたではないか。聖域には東洋人が皆無に等しいので、つい慌ててしまったのだ。自分の早トチリに頬を染める。

「笑ったりしてすいませんでした。アイオリアさんの時と同じだったからつい…」

少年はそう言うと静かに微笑んだ。笑ったせいか緊張感が解けたようである。この人懐っこそうな表情に自然と親しみを覚えた。


「こちらこそ失礼しました!それにお待たせして申し訳ないです。

 改めて…初めまして。獅子宮の従者を務めているエアと申します。
 主アイオリアの意向を受けてお迎えに参りました。 えっと…?」
「レツです。青銅聖闘士のレツと言います」
「レツ様…」
「あ、様なんて付けないで下さい!」
「でも聖闘士様を呼ぶのに敬称を付けない訳には…

 ………ではレツさん、聖域までご案内いたしますね」



来たバスは2階建てだった。観光客は皆、見晴らしの良い2階席へと行ってしまい、1階にはエアとレツの二人しか残っていない。おかげで他人の耳を気にせず話が出来る。レツの境遇を知ったのもこの時だった。
身寄りのなかった少年を、ノエシスという白銀聖闘士が育ててくれたこと。ギリシア語はその師から習ったこと。そして…その大切な師を失くした戦いがあったこと。


バスを降り、出入りに必要な説明をしながら聖域に戻る。レツにとっては初めての、聖闘士発祥の地。再び緊張が戻って来たようだ。そんな彼に一息ついてもらおうと、十二宮に入る前に下町のカフェニオンで休憩をとった。

店主によれば、もうすぐガランからニ度目の電話が入る頃だという。アイオリアからの報告書を抱えているレツは、しきたり通り教皇の間に隣接する教皇宮まで出向かなければならない。エアはそこまで案内するつもりでいたので、再びお待たせする無礼を詫びた。


間を置かずガランから連絡が入った。アイオリアの行き先と、シャカも同じ場所に向かっていることを伝える。それを耳にするとガランは暫く無言で考え込んでいた。

「お二人で…。

 エア、私もアイオリア様を追うことにする。リトスだけでも戻したいが、たぶん『一緒に行く』と言ってきかないだろう。悪いが、もう暫く留守を預かっていてもらえないか?」

「私は構いませんが…」

「ところで…お金は足りてるかい?
 金庫は開いているから、足りなくなったら出して使ってくれていいよ」

「えぇっ…!?」

「アイオリア様が知ったら怒るから、今のは内緒だよ」


『やはり獅子宮最強はガランさんだ…』

主人の身を案じていたエアを元気づけるかのような爆弾発言で、会話は終わった。次に連絡が入るのは、ガランたちがアイオリアに追いついてからである。






戻って来たエアの表情が浮かないのを見て取ったレツだが、敢えて理由は問わなかった。他愛無い会話をしながら十二宮の階段を上って行く。しかしながら、ガランの深刻そうな口調はエアの不安を大きくする。次第に返事も上の空になり、歩みも遅くなっていった。


「エアさん?」
「………はっ! ハイ!!何でしょう?」


「ボクが、こんなことを言うのは差し出がましいのですが…

 アイオリアさんを信じてもらえませんか?」

「レツさん…?」


「彼は…アイオリアさんは、命令違反をしてまで
 青銅聖闘士でしかないボクを信じて、先生の敵をとらせてくれました。
 あの時、分かったんです。人の想いは、聖闘士を限りなく強くしてくれるんだって。

 ボクもアイオリアさんを信じます。だからエアさんも…」


レツの言葉に、前回の戦いから戻った時のリトスの証言が重なった。リトスはアイオリアが“負けない”と信じ、アイオリアもまたその気持ちに応えて無限の力を生み出し、神をも退けたのだった。


「あ…ありがとうございます、レツさん。

 そうですよね、従者が主を疑っちゃいけませんよね」

「エアさん、そんな風に難しく考えなくても…
 いつものようにアイオリアさんを想っていればいいんですよ」

「え?/// (何?何?私、レツさんの前でノロケてなんかないよね???)」

突然投げかけられた台詞に、理由が分からず慌てるエア。


「お二人がお互いの事を話す時の感じから『もしかしたら』と思ったんですが…違ってましたか?」
「あー、違ってはー、えーっと/// (鋭い!鋭すぎるよレツさん!!)」

リトスと同い年くらいにしか見えないこの少年は、アイオリアとは対照的に第六感が発達しているようだ。年齢以上に落ち着いた印象を受けるのもそのせいらしい。“あたふた”しているエアに、少年は微笑みつつ頭を下げた。

「今日はどうもありがとうございました。ここまで連れて来て頂いて感謝しています」
「え?教皇宮まではまだ…」

“最後まで案内する”とエアは主張したが、レツの意志は変わらなかった。

「“聖闘士の総本山”って、もっと固くて暗くて厳しいところだと思ってました。でもアイオリアさんの人柄に触れ、先生と同じ温かさを感じました。町の人々やエアさんからも、それは伝わってきます。
 聖域の内も外も、住んでいる人たちの心は変わらない…。ボクはここで、先生やアイオリアさんのような立派な闘士になりたいと思います」



「早くアイオリアさんのことだけを考えてあげて下さい」。
そう言って先へと歩き出したレツの姿が建物の中に消える。彼の進む方向に暫く目を向けていたエアだったが、軽く息を吐くと身体の向きを変え階段を下り始める。
ここ聖域では、自分の力の無さを実感させられることが多い。特別な能力を持たない自分でも、獅子の力になれるものだろうか?

「信じること、想うこと」

自問していたエアの頭の中でアイオリアの声が蘇った。

『お前の小宇宙は、なんつーか………暖けーんだよな』


「アイオリア様…」

南東の方角を向き、言葉を紡ぐ。

「昼間は暑くても、夜はぐっと冷え込むそうですね。寒くはないですか?
 お戻りになるまで、ずっとアイオリア様のことを考えてますね。
 心も身体も温かくなるように…」



その夜から異様な緊迫感が十二宮を覆った。胃が痛くなるような思いが続くエアだったが、レツに教えてもらった通り、アイオリアの為に祈ることは止めなかった。今、ここで、自らが出来る唯一のことを…






ぽつぽつと灯りがともり始める頃、にわかにふもとの村が騒がしくなる。前日からアイオリア達一行の護衛に出ていたミロが聖域に戻って来たらしい。失礼のないよう、通路の片隅に身を置き蠍座の聖闘士の通過を待つ。軽やかな足取りで獅子宮に姿を見せたミロは、彼女の気配にすぐ気がついた。歩を緩めながら、よく通る声で言葉を掛けた。

「安心しろ、アイオリアはぴんぴんしてる。
 他の連中とともに間もなくここに戻って来るだろう」

エアの身体が微かに揺れる。そして更に深く頭を垂れた。

『有り難うございました、ミロ様』

その声を聞き取ったミロは、満足そうな表情で足を早めるのだった。



『もうすぐ、もうすぐ三人が帰ってくる!』

エアは獅子宮の入口へと急いだ。

『とびっきりの笑顔でみんなを迎えよう。
 そして、時間をかけて煮込んだ、とっておきのスープを味わってもらうのだ。
 “家に帰って来たんだ”と、ホッとしてもらえるように。

 それから…アイオリア様のお誕生日を祝おう。
 彼にとって重要な意味を持つ、14歳の誕生日を。
 去年みたいに、みんな揃ってプレゼントを買いに行けたらいいな。
 レツさんも誘えるかな?一緒に楽しい思い出を作ってもらいたいな』


エアが立つ階段の遥か下方に人影が見えた。心臓の鼓動が早まる。どうやらリトスは眠ってしまい、ガランに抱えられているようだ。そして隣を歩く黄金の聖衣箱を担いだ獅子の足取りは力強い。彼の姿を目にすると、途端に涙が込み上げて来る。

『笑わなきゃ…笑わなきゃ…!』

そう自分に言い聞かせる。


あと10段、5段、2段、1段………
目の前に立つ、照れくさそうな表情を浮かべているアイオリア。エアは溢れ出しそうな涙をぐっと堪え、微笑んだ。


「おかえり…なさい………」


「ああ。

 ………ただいま」



  帰って来たんだーーー



作成日:070812



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