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>>大地を護る者





大地を護る者


ティターン神族を名乗る聖域への侵入者たちを、かろうじて撤退させたあの日から一週間。戦いで破壊されてしまった聖衣を修理出来る、ただ一人の人間・ムウに会いに、アイオリアは明日ジャミールへと向かう。



「オレは持ってるモンを着てくから…」という主人の言葉に甘えて、エアは旅に同行するリトスと一緒に、彼女の防寒服を買いに出た。勿論、ガランの了承済みである。
聖域外への買い物は久しぶりということもあって、二人揃ってご機嫌なまま帰宮してみると、「買い物不要」を宣言してた本人が何やら拗ねた様子で待っていた。そんなご機嫌斜めな獅子を予想していたのだろう。ガランから次の指令が出る。

「二人ともお帰り。
 リトス、明日の準備を済ませておいで」
「はーい!」
買い物袋を手に、張り切って自室へと向かうリトス。


「エア、戻って来て早々で悪いが、追加の買い物をお願い出来るかい?」
「大丈夫ですよ。何でしょう?」

ガランは買い物リストをエアに渡すとアイオリアの方を向いて言った。
「アイオリア様は荷物持ちとしてついて行ってあげて下さい」
「あ"ー???」

イキナリ話を振られたアイオリアが素っ頓狂な声を上げる。ガランは主人に向かってニコッと微笑んで言った。
「従者想いのアイオリア様へのご褒美と言いますか…」
「///」


買うものはリトスに譲ったとは言え『一緒に出掛ければ良かった』と、二人が買い物に出てから後悔した胸の内を、今回もしっかり見通されていたのだ。
「…お、おう///」
逆らわず、了承する獅子。主人の反応に満足した様子でガランは続けた。

「明日の準備に支障がない程度にノンビリしてらっしゃい」
二人の肩に手を置いてそう言うと、背を押して出発を促した。

これは所謂「でえと」ではあるまいか?そう思い至り、お互い赤くなった顔を相手に向ける。
「よ…よろしくお願いします ///」
「あ、ああ ///」
イマイチぎこちない動きで部屋を出て行く二人であった。





「み〜んな聖域内で買えるモンばかりじゃないか…」
エアから買い物リストを見せられたアイオリアが呆れた声で言う。しかし、だからこそ時間も余るという訳か。

第一目的、いやいや「ご褒美」の為にも、さっさと買い物を済ませてしまう。
「さてと…。こんな所じゃ落ち着かねぇな」
荷物の入った袋を両手に下げたアイオリアが周囲を見回しつつ思案顔をする。


ふと何かを思いついたらしく、エアを促して町から離れ始めた。十二宮とは異なる方向だったので、何処に寄るつもりなのかと彼女が尋ねると
「ん、この前に見せた聖域の外れ」との返事。

「聖域の外れ」とは、アイオリアたち兄弟とガランしか知らない場所。垂直に近い崖を登りきった高台にあるので、一般人には辿り着けない所だ。修行をした聖闘士候補生以上なら行くことは可能だが、わざわざ足を向けない方向にある。


「…ええぇー!?アイオリア様、怪我が怪我が!!!」
ほんの数日前まで、大怪我のため動けなかったアイオリアだ。そんな身体で崖を登ることなど。ましてや荷物と人ひとり抱えて。

「もう平気だって言ったろ?
 だいたい、明日からはもっと凄い高地に行くんだぜ」
「で、でもでも!!」
“聖闘士だから慣れてる”とでも言うのか、呆れ顔で言う獅子に対し、あんな重傷を負った人間を見たことが無かったエアは、涙目になって訴えた。


「本当に大丈夫だって!」
そう言うが早いか、さっさとエアを抱えて走り出す。

「え?え!?」と、彼女が混乱している間に高台に到着。唖然としているエアを緑の絨毯の上に下ろすと、何事も無かったかのように平然と言った。
「花はなくなっちまったケド、緑は枯れてねぇな。良かった」

そんなアイオリアとは対照的に、余りの出来事にエアは地面にへたりこむ。
「あんなに、あんなに酷い怪我だったのに…」


さすがに、その一言で彼女の心情に思い至ったのだろう。ばつの悪い表情で隣に座り、彼女の顔を覗き込む。

「悪りィ。礼も言ってなかったよな、ずっと看病してくれてたのに」
「わ、私だけじゃなくて、ガランさんは何日も徹夜状態だったし、リトスもあれこれ手伝ってくれたし ///」
「うん、分かってる。
 ありがとな、エア」



ベッドから起き上がれるようになってからは、アイオリアの顔をこんな近くで見ることなどなかった。ましてや、以前のように力強い光の宿った碧の瞳に見つめられることは。その色に、心の中まで見透かされているように思えてくる。

「私…自信を失くしてました。アイオリア様の怪我を見て“世界が違い過ぎる”って」
一瞬視線を外したエアが、とつとつと語り始めた。

「…意識はなかなか戻らないし熱も下がらない。もうどうしたらいいのか分からなくなって…ついガランさんに訴えちゃったんです。『今の私では何もしてあげられない』って。『アイオリア様の側に居る自信がない』って」

獅子の瞳が驚きに見開かれた。口をパクパクさせるだけで言葉が出ない。


「そしたらガランさん『君は今どうしたい?アイオリア様に何をしてあげたい?』って」
「そ、それでお前は!?」
やっと声が出せた主人に対し、エアは改まった表情で答える。その時心に浮かんだことを。ただ一つ願ったことを。


「アイオリア様を助けたい。元気になって欲しい。それしか考えられなかった…」



ガランはそれに対し「ではその為に、我々が今出来ることをしよう」と応えたという。無力であることを思い知らされ続けた数日間の看病を肯定され、エアは気持ちがスーっと楽になったという。


牙を持たぬ人々の代わりに戦うこと。それは聖闘士としての義務であり、誇りでもある。己の役目を投げ出そうと思ったことはない。だが自分が傷つくことで苦しむ人が居る。

彼女を追い詰めてしまっていたこと。それを一言で救い上げたガランの器量に、まだまだ到底及ばない子どもの自分。
アイオリアは己の未熟さに顔をしかめつつも、ガランには心から感謝をしていた。





あずかり知らぬ間に去っていった危機に、獅子は安堵の息を大きく吐きながら地面に大の字に寝転がる。
「…そっか」


それを見たエアが何やら身体を斜めに傾げて微笑む。
「そうやってると、大地を背負ってるみたい」
同じ様に両手を広げて並んで寝転ぶ。


彼女をチラっと横目で見たアイオリアは、再び視線を空に戻しながら言った。
「いつか必ず …地上を背負って立つ、大きな男になってやる」
“お前ごと”という言葉を口にする代わりに、彼女の手を握りしめる。

「うん… ///」
“気をつけて行ってらっしゃい”と言う代わりに強く握り返す。

二人の瞳には、どこまでも澄んだ青い空が煌めいていた。



作成日:110816
改訂日:110925



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