Novel


>LIONTARI ILION

>>ALUTHIDA 1




吹き抜けてゆく風の、思いがけない冷たさに驚きを感じる。常春と言われているギリシアの聖域にも、確実に秋が忍び寄って来ていた。
就寝前に一息ついてもらおうと、主人の部屋にお茶を運んできた従者エア。そろそろ日課である最後のトレーニングを終える時間だ。

「アイオリア様、お茶をお持ちしました!」

声をかけても返事がない。またその辺で眠りこけているのかと思い、ため息をつきながらドアを開ける。

「アイオリア様、起きて下さーい!お茶を…あれ?」

部屋には灯りがついていなかった。数メートル前方では、夜風に吹かれたカーテンが微かに踊っている。その向こうに、青白い月明かりに照らされた人影が見えた。

見間違えるはずのない、ちょっとクセのある髪。この宮の主人・獅子座の黄金聖闘士アイオリアが、テラスに立っていた。降り注ぐ星々の光の中に浮かび上がるその姿は、人ならぬものにも見えて…。さすが「神話に謳われし聖闘士」といったところか。

「え…?上、何も着て無いの、この寒いのに。」

エアは、茶器一式が載ったトレーを部屋のテーブルに置くと、テラスへ歩を進めた。一般人であるエアには“気配や小宇宙を消す”なんて芸当は出来ない。何やら考え事をしている風のアイオリアだったが、すぐに彼女の気配に気付いて顔を向けた。

「…エア。」
「温かいお茶でもいかがですか? そんなカッコで夜風に吹かれていると、風邪を引きますよ。」
「平気さ、これくらい。」

そんな強がりを言う主人の肩に、自分が羽織っていたストールを掛けてあげた。ふと、首から下げられたチェーンが目に留まる。右腕に巻いているものと、お揃いのようだ。余り装飾品を身に付けない人なのに珍しい。

「変わった形のチェーンですね。 …触れても構いませんか?」


「…ああ。」一瞬の間の後、そう答えが返ってきた。
「何でそんなこと、わざわざ聞くんだ?」少し首を傾けて尋ねられる。


「超元気印」の太鼓判を押されるアイオリアだったが、時折こんな表情を見せることがある。思い当たる原因は唯ひとつ…。

「…アイオリア様にとって、とても大切なものに思えたから。」

すると困ったような、照れたような表情を浮かべ、少し視線を泳がせ呟いた。
「全く、エアに隠し事は出来ないな…。」

『貴方は思っていることがすぐに顔に出るからですよ』とは口に出せず、何とも複雑な表情で応えるエア。


「兄貴の…アイオロス兄さんの持ち物だったんだ」
そう言うと、アイオリアはペンダントヘッドを左手で軽く持ち上げ、顔に近付けた。

「今は、オレがこうして持っているけど。いつか…もしオレが生きている間に次の射手座の聖闘士に出会うことがあったら、こいつを渡してやりたいと思うんだ。」
「その時は、アイオロス様の話もしてあげるんでしょ?」
「ああ。オレは今でも、兄さんは最高の聖闘士だと思っているからな。」


射手座の黄金聖闘士だったアイオロスは、聖域に背いた逆賊として亡くなっている。彼に対して好意的な会話が交わされているのは、実弟であるアイオリアが守護する、この獅子宮の中だけであろう。しかし宮から一歩でも外に出たら、それも御法度である。

だから、お互いがもし出会えたとしても、アイオロスのことを口にすることは出来ないのだ。それはアイオリアも、そしてエアにも、充分すぎるほど分かっていることだった。

それでも………




「くしゅんっ!(あ、やば…;)」
しんみりとした空気をエアのクシャミが吹き飛ばしてしまった。

「何だよ、エアの方が風邪引きそうじゃん。」
そう言って、ストールを返そうとしかけたアイオリアの動きが止まる。…と、悪戯っ子のような表情で微笑んだ。

「こっちの方が暖かいぜ!」

伸ばされた右腕に捕まり、アイオリアの胸にすっぽり納まる形となった。更に彼は、先程まで掲げていたチェーンを腕の中にいるエアの肩から胸に垂らし、両腕で彼女を包み込む。

「ア、アイオリア様ぁ?///」

余りに素早い一連の動きに反応が遅れ、やっと事態が飲み込めたエアが「何事か」と主人に訴えようとする。


「………二人だけの時は『様』は付けないでくれ、って言っただろう?」拗ねたような声でそう囁くと、腕に一層力を込めた。


作成日:050201
改訂日:050807
「半裸のマセガキ」にならぬよう気を遣いましたが、さて〜?

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